2004年02月05日
[支援費制度の波紋](上)施設から地域へ 自立阻む壁に不安も(連載)=山梨
[支援費制度の波紋](上)施設から地域へ 自立阻む壁に不安も(連載)=山梨
◇自治新時代
障害者が必要な福祉サービスを選び提供事業者と契約する「支援費制度」がスタートして一年。「障害者自らが選択する福祉」を掲げて始まった制度だったが、障害者本人をはじめ、福祉サービスを提供する事業所や市町村が直面する課題は少なくない。地方自治に新たな時代が到来した今、自治体行政の中で大きなウエートを占める障害者福祉も転換期を迎えている。その現場から報告する。
自分の個室で大相撲をテレビ観戦する。至福の時だ。
「こっちの方が落ち着く。施設には戻りたくないね」
近藤健一さん(仮名)(51)は、満面に笑みを浮かべた。三富村の知的障害者更生施設「白樺園」を昨年八月に出て、同村内のグループホームでの体験入居を始めて約半年がたった。
グループホームでは、四―七人の少人数の障害者が一戸建て住宅などを借り、共同生活をする。近藤さんも仲間七人で暮らしている。
施設と違い掃除も洗濯も自分でしなければならないが、ここには「自分だけの空間」がある。施設の十畳四人部屋にはテレビはなく、夜は周りがうるさくて寝付けないこともあった。グループホームへの参加は施設職員の勧めで始めたが、「こっちに来て本当によかった」と思っている。
支援費制度の主な目的は、障害者の自立と社会参加の促進だ。施設入所者に、なるべく地域に参加してもらうことを目標にしている。白樺園でも制度開始以降、全五十人の入所者がどうすれば施設を出て地域で暮らせるかを検討してきた。だが、「やはりお金の問題が壁になる」(白樺園)。
近藤さんの場合、収入は月八万三千円の障害年金だけ。施設に入所していた時には自己負担金四万四千円と雑費を引いても毎月貯金ができた。グループホーム利用の自己負担は五万五千円だが、その差額を支援費で補ってくれるわけではない。
仕事探しのため、農家の手伝いや部品製造会社の見学にも行ったが、結局なじめなかった。障害が重度であれば、なおさら就労は困難だ。こうした就労の壁は、入所者の自立を進めようとする施設の悩みの種になっている。
さらに、保護者からは、「いったん施設を出たら、何かあった時の受け入れ先がなくなる」といった不安も寄せられている。
宮城県大和町の知的障害者入所施設「船形コロニー」(定員四百八十五人)で二〇〇二年、入所者を十年で地域に移行させる“解体宣言”をした同県福祉事業団の田島良昭前理事長(59)は言う。
「『施設から地域へ』という理念と方向性はいいが、地域で支える仕組みも選択肢も金も足りない。補助金で縛られた制度を突き破るには、都道府県独自の補助の仕組み作りが必要だ」
〈メモ〉支援費制度
障害者が必要なサービスを自分で決め、事業者と契約してサービスを受ける仕組み。サービスの対価のうち、国や自治体の負担分は「支援費」として市町村が窓口となって支払う。従来の「措置制度」では、サービスの内容や量が行政主導で決められていた。対象は、更生施設や授産施設など施設サービスと、ホームヘルプなど居宅サービスに分かれる。昨年九月現在、県内で支援費制度の受給者証が発行されている障害者(児)は二千七百二人。
写真=商店で買い物をする近藤さん(右)。グループホームに入ってから自分で歩いて買い物に来るようになった
[読売新聞 2004年2月5日(木)]
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