2003年06月01日
精神障害者の社会復帰
毎日新聞
病状は安定しても地域に帰るところがなく、精神病院が「家」となっている人々は、国の試算で全国に7万2000人いる。長期入院で社会生活への意欲はなえ、身を寄せる家族もいない。国は「10年で全員退院」の目標を掲げているが、一人の復帰にも多くの支援が必要だ。入院生活が20年近い男性(58)は、希望と不安を抱きながらも、周囲に支えられ、社会に戻る準備を進めている。【磯崎由美】
解説 問われる国の姿勢
日本の精神病院に「社会的入院」患者が多い理由は、国が長年にわたり入院中心の施策を続けてきたことに起因する。国は「10年間で7万2000人の退院」を目標にしているが、国の財源確保は難しい。必要な人手も金も現場の自治体任せになりかねず、目標の実現はおぼつかない。
法務、厚生労働両省は昨春、重大事件を起こした精神障害者の再犯防止と社会復帰を目的とした心神喪失者医療観察法案を国会に提出した。審議の中で、野党側が「精神障害者全体を社会復帰させられていないのに、重大事件を起こした人を復帰させられるのか」と反発したため、坂口力厚労相が社会的入院の解消を打ち出した。
厚労省は今年度から退院促進支援事業をスタートさせたが、最初の予算は全国16カ所分で4400万円、1カ所あたりの補助は275万円にすぎない。自治体からは「国の補助金が少なく、一部地域でしか行えない」との声が強い。
厚労省は「まだ始まったばかり。今の時点では十分な予算だ」と説明する。しかし、厚労相をトップとする対策本部が5月にまとめた精神医療改革の中間報告には、目標達成のための年次計画さえ盛り込まれていない
厚労省は「法案と社会復帰は改革の車の両輪」と位置づけている。そうであれば、法案成立を目指す前に、自治体が納得できる社会復帰の道筋を明確に示すべきだ。【精神医療取材班】
精神障害者7万人の『社会的入院」
「10年で解消厳しい」7割 都道府県など本社調査 予算や人手が不足
地域の受け入れ体制が不十分なため精神病院へ-の入院を余儀なくされている「社会的入院」患者7万2000人を10年間で全員退院させると厚生労働省が昨年末に策定した目標について、59都道府県・政令市の7割が「目標達成は厳しい」と受け止めていることが、毎日新聞の全国調査で分かった。自治体の多くは予算や人手の不足を理由に挙げた。国会審議中の心神喪失者医療観察法案は、重大事件を起こした精神障害者の再犯防止とともに社会復帰を進めるとしているが、支援体制に懸念が強まった。
国が策定する社会復帰の計画をもとに実際に事業を進める47都道府県と12政令市の精神保健福祉担当者にアンケートを3月までに実施した。目標の実現可能性が「ある程度ある」と答えた自治体は13にとどまり、「やや厳しい」は16、「かなり厳しい」が25で、41(69%)の自治体が達成に否定的だった。無回答は5、「十分ある」はなかった。「かなり厳しい」と答えた自治体のうち、福井県は「社会復帰施設を10年間で整備するのは大変だ」と回答した。神奈川県は「人的資源の確保が容揚ではない」と答えた。
精神病院の現状に疑間を投げかける自治体もあった。仙台市は「長期入院患者の退院支援には温かい人間関係が必要だが、今の精神科病棟はスタッフが少なく、親密な関係を築くのは難しい」と指摘。佐賀県は「厚労省は社会復帰に役立つ社会適応訓練事業の補助金を今年度から出しておらず、施策の整含性がない」と批判した。厚労省精神保健福祉課は「自治体からは、目標の達成に懸念を抱いているというような声は直接聞いていない」と話している。【精神医療取材班】
ことば 社会的入院
精神病の症状が安定して入院の必要がなくなっても、退院後に住む場所がなかったり、医療・福祉サービスが不十分なため、入院生活を続けざるを得ない状態。研究者の間では10万人との見方もある。厚生労働省は今年度から、退院促進事業を行う自治体に財政支援を始める。