2003年05月21日

脱施設へ 『帰りたい』届かぬ思い 東京離れた障害者4000人、都内に受け皿なく

朝日新聞
 障害があっても施設を出て、まちで暮らしたい。その願いを実現しようと、政府は新障害者プランで支援の方針を打ち出し、4月からは住むところやサービスを本人が選んで契約する障害者支援費制度もスタートしました。いま約13万人の知的障害者が入所施設で暮らしていますが、いったん施設に入った人が地域に出て生活する割合は全体のわずかー%です。どうすれば脱施設を実現できるのか、シリーズで考えます。今回は青森県平舘村を訪ねました。 (生井久美子 清川卓史)

空き待ち「10年先かも」  青森県平舘村「かもめ苑」

津軽半島の先端部、人口2300人の平舘村に、知的障害者の入所施設「かもめ苑」がある。山林を背負うようにたつかもめ苑の前には、平舘海峡が広がる。人家もまばらで、一番近い商店は歩いて20分の距離。この苑で都内から移ってきた72人が暮らしている。かもめ苑は97年10月、東京都が都民のための施設として建設費を補助して造られた。定員80人のうち9割が都民枠、1割が青森県民枠だ。40人ほどの雇用が生まれることから村が誘致した。

十分な説明なく

隆さん(58)は東京の下町育ち。母親が高齢になって隆さんの世話ができなくなったため、5年前に入所した。昨年秋、隆さんを区のケースワーカーが訪ねた。新制度への移行を前に、本人の意思を確かめるためだ。

「ここにいますか、東京に帰りますか」。そう聞かれて隆さんは思わず「えっ、帰れるんですか」と聞き返した。「帰れますよ」 「じゃあ、帰りたいです」

そのやり取りの後、ケースワーカーは続けた。「希望として聞いておきます。都内の施設やグループホームに空きがあれば明日にも帰れるし、なければ10年先かも」。隆さんは「10年! 死んじゃうじゃないですか」と声を上げた。その後はーカ月ほど気持ちが不安定だったという。

奥崎榮二施設長は「本人の気持ちが一番大事。ここの環境が気に入った方はここで、東京に戻りたい人は帰れるよう最大限支援したい」と話す。

十分な説明を受けず、都外に出るとは知らされずに来た人もいる。幸子さんは「区の人にどこへ行くのと聞いても、『何でもない』って言われて、着いたらここだったの。こんなに雪が降る遠い所なんて」とささやいた。

「母親の近くへ」

「お母さん、元気?早く迎えに来てね」 雪さん(47)は1日2回、東京に住む母親(84)に電話する。入所して5年半。ずっと帰りたいと思ってきた。母親の近くで暮らすのが望みだ。「お母さんにカレーを作ってあげたい。安心させたい」

5人きょうだいの末っ子。かもめ苑に来る前は、母親、兄一家と暮らし、昼は近くの作業所に通っていた。母親は自分が死んだ後のことを心配し、91年に市役所に入所を申し込んだ。都内には空きがなく、「秋田か山形なら」と言われたが、「そんな遠くにやれない」と断った。都内の施設を10カ所訪ねたが、「入所者が亡くならないと空かない」と言われた。

97年春になって、職員に「青森はどうですか。あとは北海道しかないですよ」と言われ、悩んだ宋に入所を決めた。いまは年に3回、帰省している。東京に帰りたいという雪さんの願いをかなえるため、かもめ苑では、都内のグループホームで生活することを目標に指導計画を作った。

電話での言葉遣い、掃除の仕方、火の扱い、感情をコントーールする方法、お金や薬の管理など、自立して生活できるように練習した。昨秋には、都内のグループホームで1週間の体験宿泊もした。職員は「もう帰れる状態」と話す。だが、都内にグループホームの空きはない。母親は「私が生きている間に帰ってきてほしい」と待ち続けている。 (入所者の名前は仮名)

受け入れ態勢整える努力を   堀江まゆみ・白梅学園短大教授(障害者心理)の話

地価が高いからといって、小中学校を都外に造るだろうか。障害者施設だけ遠隔地にあるのはおかしい。住民の反対があっても説明して、理解を求めるのが行政の責任だろう。家族に会えなくなる、いつ戻れるのかわからないといったことを本人に十分説明せず、入所させた例も多い。まず、全員にどこで暮らしたいのか聞き取り調査をし、公表してほしい。戻りたい人に対しては、都内の施設や地域支援を進めるNPOなどと連携して、優先的に受け入れる態勢を整え、都外施設の定員削減も進めるべきだ。

都、戻せる具体策なし

東京都の知的障害者入所更生施設は現在79カ所。このうち41施設が他の県にある「都外施設」だ。所在地は青森県から岐阜県まで14県。都外施設の定員は3255人で、都の施設に入所している人の56%を占める。このほか、知的障害児施設は17のうち10が、身体障害者療護施設は8のうち3が他県にある。これに都外の協力施設にいる人を含めると、4千人近くの障害者が東京を離れて生活している。

都外施設が増えた理由として都は、地価が高いことと、施設建設に対する地元住民の反対の強さを挙げる。一方で、働き口が増えるとして誘致する地方自治体もあり、多くの入所待機者を抱える都と思惑が一致する面もあった。都外施設は60年代から増えてきたが、有識者による協議会が「都内での設置を促進するべきだ」と指摘したことを受け、かもめ苑を最後に98年以降は建てられていない。

都社会福祉協議会の報告(02年)によると、都外施設にいる人の入所期間は11年から20年間が43%、田年以上が16%を占める。4人に1人が施設を出ることを望み、都内に戻りたい人は全体の17%だ。都は今年度から3年間で、約千人の入所待機者を解消し、地域での生活を支援する緊急プランを立てた。グループホームや入所・通所施設などを約3千人分、300カ所整備する。しかし、都外施設の入所者を戻すための具体的な目標や支援策はない。都障害福祉部は「急激な縮小・廃止は現実的ではないし、今後も待機者解消のために利用することもある。将来的な位置付けは今後の検討課題だ」と説明する。